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広島地方裁判所 昭和29年(ヨ)640号 判決

申請人 坪井俊二

被申請人 株式会社日本製鋼所

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

申請代理人は「被申請人が昭和二十九年十二月十三日附でなした申請人に対する解雇の意思表示の効力を申請人の被申請人に対する解雇無効確認の判決確定まで停止する。被申請人が同年十一月二十日附でなした申請人に対する被申請人会社福岡営業所への転勤命令の効力を停止する。被申請人は申請人が被申請人の従業員として業務を行うことを妨害してはならない。被申請人は申請人に対して賃金の支払その他労働条件につき従前の待遇を不利益に変更してはならない。」との仮処分を求め、その申請の理由として、

第一、被申請人は本社を東京都に、支社を大阪市に、営業所を福岡市に置き、室蘭、横浜、広島、東京赤羽の各製作所を有する会社であり、申請人は旧制成城高等学校を経て東京大学経済学部を昭和二十七年二月卒業し、会社の詮衡募集による採用試験に極めて優秀な成績で合格(所謂縁故採用ではない)して入社した被申請人の従業員であるが、同年四月一日広島市船越町字入川二千百八十六番地所在の被申請人の広島製作所に配属され実費係に勤務していたところ同二十八年八月組合員千百名を有する右広島製作所労働組合(以下単に広島労組という)組合長に選出され兼ねて被申請人傘下の従業員約五千五百名を以て組織する日本製鋼所労働組合連合会(以下単に労連という)副委員長の職に就き組合業務に専従するに至つた。その後同二十九年八月右組合の地位を退いたので原職場である右広島製作所の実費係に復帰したが、同係勤務は一日で直ちに同製作所営業課販売係に転属され更に同年十一月二十日附で口頭を以つて被申請人より福岡営業所への転勤命令を受けた。

第二、然し乍ら右転勤命令は、次に述べる理由により不当労働行為となるから無効である。即ち

一、福岡営業所は福岡工業地帯の受注を取扱うものであるため経験深い熟練社員が配属されるのが通例であつて申請人の如く年令も若く(申請人は現在二十六才)入社して間もなく経験も浅く且組合業務に専従のため一年も休職していた者が同営業所に配属されることはその例がないのみならず、申請人の如く本社採用の将来被申請人の幹部となるべき所謂学卒社員は、本社、大阪支社か亦は室蘭、横浜、東京赤羽等の各製作所に配属さるべきもので所員僅か二十名程度にすぎない福岡営業所に転勤せしめられることは誠に異例の人事である。

二、しかして福岡営業所においては未だ労働組合も結成されていない。

三、被申請人は右転勤命令を以つて栄転であると称しているが、申請人は前記の如く広島労組の組合長及び労連副委員長に就任後、鋭意同組合の指導運営に努力を重ね、同組合の年末闘争、協約、昇給闘争、首切反対闘争等に際し活溌な組合活動をしこれを盛上げてきたが、特に昭和二十九年春前記室蘭製作所に労働争議が発生するや、申請人は広島労組を挙げて右室蘭製作所労働組合を応援すべき旨の立場を明らかにし、広島労組組合員にこれを呼びかけ、亦は直接室蘭に赴く等積極的な活動を重ね、組合長の地位を退いたのちも尚右室蘭製作所労働組合に対する救援運動の先鋒となり種々運動を続けてきたのであるが、右室蘭争議は大規模且長期に亘る大争議でその帰趨は被申請人の死活に係るのみならず、日本の他の大企業会社及び日本労働組合総評議会も互にこれを支援し大企業対労組の争議の様相を呈したので、被申請人は同争議がその傘下各製作所に波及することを極度に警戒するに至つた。そのため広島労組に対し指導的地位を有し、前記の如く室蘭製作所労働組合を積極的に応援すべく活動していた申請人の組合活動を制しようとしてその機会を狙つていたところ、申請人が広島労組組合長を辞任したので栄転に名を藉り労働組合の結成もなく所員僅か二十名の福岡営業所に転勤という異例の人事をし、申請人を広島製作所より排除し組合運動を封じるため島流し同様の左遷をしたのである。このことは申請人が前記販売係に転属されたとき、同係に申請人の使用する事務机の用意がなく亦同係の上司より「坪井は近々の内に他え廻されるんだから。」との言葉が洩れ伝つており且右転勤命令の申し渡の際福岡営業所における申請人のポストは指示されなかつたことからも容易にわかるのであつて、右転勤命令は労働組合法第七条第一号、第三号に該当する不当労働行為であり無効である。

第三、申請人は穏健な性質であるので一時は右転勤命令を受けようかとも思つたが、右のように不法な転勤命令であるためこれを拒否し昭和二十九年十一月三十日広島地方労働委員会に救済命令申立をなしたところ、被申請人は同年十二月十三日附で右転勤命令拒否を表面上の理由として申請人を懲戒解雇に処した。

然し乍ら右懲戒解雇は次の点で違法且つ無効である。即ち、

一、右懲戒解雇は申請人が前記広島地方労働委員会に救済命令申立をなしたことを以てその決定的な真実の理由とするものである。しかも元来申請人が右申立をなし労働委員会において前記転勤命令の適否を争うこととなつた以上は申請人としては右委員会における争訟活動のためには急行列車で六時間以上を要し時間的にも経済的にも多大の不便と出費を要する前記転勤命令の転勤先福岡市に赴けないことは当然であるのに、被申請人は右救済命令申立のあつた後に至り申請人が右転勤命令を拒否し福岡市に赴かなかつたとの表面上の理由で解雇処分をしたのである。従つて本解雇処分は労働組合法第七条第四号に該当する。

二、労働関係には労使対等の原則が存するのであつて使用者に懲戒権が本来的にある筈がないのにかかわらず被申請人は懲戒権に対する深い反省もなく懲戒解雇という苛酷極まる処分をなし、且労働者たる申請人の責に帰すべき場合でもないのに労働基準法第二十条に定める一ケ月の解雇予告手当の支給手続もしていない。よつて右懲戒解雇は無効である。

三、前述のとおり転勤命令が無効であるので申請人は依然として広島製作所の従業員であるところ広島製作所就業規則には懲戒委員会に諮り懲戒する規定が存する。懲戒解雇をなすには懲戒委員会に諮り又は被解雇者に異議の申立、弁解の機会を与えらるべきであるのに本解雇には何等これらの措置がとられず弁解の機会を奪つたものであるから無効である。

四、仮に右転勤命令が有効であり申請人が右命令の効果として福岡営業所の従業員になつたとしても福岡営業所就業規則には懲戒に関する規定を欠いているから被申請人は懲戒解雇をなす権利を有しない。よつて本件懲戒解雇は無効である。

第四、右懲戒解雇処分により申請人の生活資金が断たれ、且被申請人は申請人に対しその寮からの退寮を要求しているから居住の権さえ奪われるおそれがあるため、本案判決を得るまで待つては申請人は回復することができない損害を受けるから本件仮処分申請に及んだと述べ、

被申請人の主張に対し、申請人は福岡営業所に申請外大城英彦の後任として赴くものではない。右大城は大会社官庁等の大口受註を担当し課長級よりもむしろ部長に近い手腕の持主であるに反し、申請人は広島製作所の販売係に転じて僅か二ケ月余で未だ販売業務関係の書類の種類すら完全に会得していないのであつて、大城とはその職歴、年令において非常に相違があるから同人の後任ではない。と述べた。(疏明省略)

被申請人代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

第一、申請人の主張に対し、被申請人が申請人主張のやうな本社、支社、営業所、製作所を有すること、申請人がその主張のような学歴を有し詮衡募集により極めて優秀な成績で被申請会社に入社し、その主張のような職歴、組合履歴を有していること、被申請人が申請人主張の日に申請人に対しその主張のような転勤命令をなし、転勤命令を拒否したことを理由に懲戒解雇に処したこと及び福岡営業所の所員は二十名程度で労働組合の結成されていないことは認め、申請人の組合活動の状況及び本件転勤命令並に懲戒解雇処分の不当違法性を争い

第二、被申請人が申請人を福岡営業所に転勤せしめた経緯につき次のように述べた。即ち申請人は昭和二十七年度採用の大学卒業者所謂被申請人会社内でいう学卒者中最優秀の成績で入社し頭脳明折、明朗穏健、応接態度も謙虚で好感の持たれる青年であり、且東大経済学部商業科卒業の学歴から営業畑で将来性のある者と採用時期待した。被申請人においては所謂学卒者は先ず実費課において営業の基礎知識、工場の組織、系列の知識を得せしめ事務員としての基礎付けをなした後営業部面に進ましめるのが人事の原則であるので申請人を広島製作所に配属し実費課に勤務せしめた。その後申請人は広島労組組合長に就任し組合業務に専従したが右地位を退いたので慣行に従い一応原職の実費係(当時職制改正により課が係になつていた)に復帰せしめたが既に一年有余実費課に勤務し基礎教育を終了しておつたので直ちに販売係に転属した。

申請人のこの転属は昭和二十七年度採用の学卒者中他を凌いで営業部面に進出したのであつて簡抜である。しかるところ、昭和二十九年十月福岡営業所長より三井鉱山古河鉱業、大辻鉱業、大正鉱業、嘉徳鉱業、日本炭鉱、貝島炭鉱、明治鉱業、日鉄二瀬、麻生鉱業、日本板ガラス若松車輪、日立若松、東洋製罐、九州造船、産業セメント、国鉄志免、資源庁鉱業事務所等の会社、官庁に対する受註業務を担当していた業務員大城英彦(浜松高工卒、三十三才)が同年十月十五日附で退社したので至急後任を補充されたい旨の社員貰受禀申をしてきたが、被申請人は同年九月企業整備に伴う大量の人員整理をなした直後で人員の余裕がなく従つて右補充には比較的影響の少ない処より右営業所の担任業務の重要性を勘案し詮衡する必要があつたところ、広島製作所は呉海軍工廠の消滅後は大きな発注会社も少なく同所から一名を抜くことは他の製作所等に比し影響が少く、且同営業所従業員の欠員は多く広島製作所より補充する慣例でもあり、福岡営業所長の右禀申は昭和二十五年以降の学卒者(経済又は法科出身)で単身で入寮し得る年令二十五、六才の者を要望していたので、同要請に合致する申請人を適任と認め、申請人の転出を渋る広島製作所の意向を押切り申請人を福岡営業所に転勤せしめたのである。右が本件転勤命令を出すに到つた経緯である。従つて申請人が販売係に転属の際その事務机の用意がないとか亦申請人はいずれ他に廻されるのだからという上司の声がある筈はない。

福岡営業所の従業員二十名中学卒者は九名居り、広島製作所販売係の学卒者は同係員十八名中七名であり、被申請人会社全体の受註の中で福岡営業所は九、七%広島製作所は四、八%を占めているから、営業という専門的機構の立場からいえば福岡営業所の比重は広島製作所のそれに比し大であり、同営業所への転勤は重要地位への転出であり簡抜である。また経験の浅い学卒者が福岡営業所に転勤した例は従来しばしばあるのであつて申請人に対する本件転勤命令は決して異例の人事でもなければ亦不利益な処分でもない。

申請人が広島労組組合長就任後の広島労組がなした越年資金、協約、昇給及び首切反対等の諸闘争は労連の指令にその傘下単組である広島労組が服してなしたもので、広島労組独自の闘争ではなく亦申請人が指令して闘争をなしたものでもない。右諸闘争は多くは平穏裡に妥結しており右諸要求を通じて現われた組合資としての申請人の態度は節度を超えることなく低調であつて申請人は組合活動を積極的に精進してはいなかつた。又室蘭製作所の労働争議に対しても広島労組は労連の下に統一した姿で早期解決を図りたい意向のようであり同争議に対する支持は低調であり昭和二十九年十月二十二日に労連及び本社、横浜、大阪の各単組と共同し強硬な反対声明を発している事実と申請人が同年八月十二日「役員の指導性の不足と役員に対する不信」により組合長を退陣した事実は右室蘭争議に対する申請人の運動が積極的でなく低調であつたことを示すものであり、少なくとも仮りに申請人が申請人主張のように右争議中の室蘭労組救援の運動を個人的にしたとしても何等広島労組に対し影響力はなかつたのであり、また広島製作所においては右室蘭争議の発生原因である企業合理化のための人員整理は同年七月希望退職の募集により円満裡に完了し平穏であつたのであつて、被申請人が室蘭争議の他の単組に波及することを警戒し元組合長であつた申請人を転勤させたということはあり得ない。

しかして適所に適材を配置し企業効率を高めるために企業主体たる被申請人は人事裁量の権限を有するのであり福岡営業所に労働組合が組織されていない事実から直ちに不当労働行為をなす意思を有していたと速断することはできない。

尚又申請人は同年十一月二十一日転勤命令を所属長より伝達をうけたのち偶々開催中の広島労組代議員大会に臨み転勤の挨拶を行い、営業課販売係の送別会に出席し転勤命令を承諾していたが、後不当労働行為であるとしてこれを拒否しその支援を広島労組に数次懇請したが同組合はその懇請を受け容れていないのであつて、このことを以つてしても被申請人の申請人に対する福岡営業所への転勤命令が正当適切な人事であることは明白である。

第三、しかるところ、申請人は同十一月二十三日所属長に対し右転勤命令拒否の意思表示をしたので同日より二十六日までの間事務部長、所属長、勤労課長、人事係長、所長代理より懇々と再考を説得したが拒否の態度を変更しなかつた。よつて被申請人は正当な転勤命令を何等の理由なく拒否し転勤しない者を黙過することは一般従業員に及ぼす影響が大であり、延いては人事の運営が阻害され営業秩序を保持することができないので、転勤命令により申請人が属するに到つた福岡営業所の就業規則(同規則第三十三条の勿論解釈)を適用して社命違反に対する処分として懲戒解雇の措置をとつたのである。

仮りに右就業規則第三十三条の勿論解釈が許されないとするも、使用者たる被申請人は社命違反者に対し解雇する権利を有する。しかして申請人に対する解雇は社命違反という本人の責に帰すべき場合に該当するから労働基準法第二十条に定める解雇予告手当を支払う必要はない。

又福岡営業所就業規則には懲戒委員会の設けはないから本懲戒解雇をなすにつき懲戒委員会の議を経ていないが元来そのような議を経る必要はない。

よつて右懲戒解雇の措置は正当である。

尚従業員の労務の提供は義務ではあるが権利ではない。従つて従業員は使用者に対し就労を請求することはできないから申請人は被申請人に対し就労請求はできない。

以上のように申請人の本件申請は理由がないから当然却下さるべきものであると述べ、疏明として疏乙第一乃至第十一号証を提出し、証人丸山勝美、掛谷力太郎、利根沢健三、菱川博義、水野善司、玉本隆一、岡島博、斎藤重雄の訊問を求めた。

当裁判所は職権を以つて被申請人会社広島製作所勤労課長掛谷力太郎を再尋問した。

理由

被申請人が本社を東京都に支社を大阪市に営業所を福岡市に置き、室蘭、横浜、広島、東京赤羽に製作所を有する会社であり、申請人が申請人主張のような学歴を有し昭和二十七年度採用の大学卒業者中最優秀の成績で被申請人会社に入社し、同年四月一日広島製作所に配属され同所実費課に勤務し同二十八年八月広島労組組合長及び労連副委員長に選任され組合業務に専従し、同二十九年八月右組合の地位を退いて前記実費係(当時職制改正により課が係となつた)に復帰したが、同係勤務一日の後同所営業課販売係に転属し勤務中のところ、被申請人が同二十九年十一月二十日附を以つて申請人を福岡営業所に転勤せしめる命を発したこと及び同福岡営業所は北九州工業地帯にある諸会社、官庁等の受註を取扱い、所員二十名で労働組合が結成されていないことは当事者間に争がない。

申請人は右転勤命令は労働組合法第七条第一号第三号に該当する不当労働行為であると主張するから先ずこの点につき判断する。

一、成立に争ない疏乙第二乃至第五号証と証人丸山勝美、掛谷力太郎、利根沢健三、水野善司、玉本隆一、奥田広美の各証言を綜合すれば、申請人は昭和二十七年被申請会社に入社の際営業部面に勤務することを希望し、被申請人も申請人の資質、性格、学歴等より営業部面において将来活躍し得る者と期待していたが、被申請会社において所謂学卒者は先ず実費係において社員としての基礎付けをなしたうえ、営業部面に進ましめるのが人事の原則であつたので、申請人を広島製作所の実費課に配属したが同課に一年有余勤務し基礎教育が終了したので、申請人が広島労組組合長の地位を退いたのち直ちに同所営業課販売係に転属せしめ営業部面の事務を修得せしめていたところ、福岡営業所はさきに一名所員が退職し更に三井鉱山、古河鉱業、貝島炭鉱、日鉄二瀬、麻生鉱業、日本板ガラス、若松車輌、日立若松、東洋製罐、産業セメント、国鉄志免、資源庁鉱業事務所等の会社、官庁に対する受註業務を担任した大城英彦(浜松高工卒三十三才)が昭和二十九年十月十五日附で退職し学卒者が二名退所したため右大城の補充を至急行われたい旨同年九月より頻りに要請し、禀申してきたが、同禀申は昭和二十五年以降の学卒者(経済又は法科出身)で単身で入寮し得る年令二十五、六才の者を要望していた。

そこで被申請請人は福岡営業所は販売業務に経験深い者を希望する意向ではないと考え、且同年九月企業整備のため人員整理をなしたあとで人事の余裕はなかつたが、元福岡営業所は広島製作所の所管であつたため同製作所より補充する場合が多いことから同製作所より補充することとし、同所販売係に勤務し右要望に沿う者として申請人の他奥田、松塚の三人を候補に挙げ広島製作所勤労課長に対し右三名につき調査せしめたところ、奥田は業務関係で転勤が難しいうえ近々婚姻する話があり、松塚は特需関係業務を担任しこれまた転出は難しく、申請人が右三人中最も転勤容易であつたので、広島製作所としては申請人の後任の補充がないためその転出のことを渋つたが被申請会社はこれを押切り、申請人を福岡営業所に転勤せしめることに決定するに到つたこと及び営業方面業務に従事を希望する者は製作所販売係で勤務するより第一線的な本社、大阪支社、又は福岡営業所の販売業務に従事することを希望するのが通例であり、それら部門への転出は当人にとつてはむしろ簡抜であることが認められるのであつて本件転勤命令は被申請人の業務上の理由によりなされ且将来営業方面で精進したいと希望する申請人により適切順当な人事であるといわねばならない。

二、申請人は福岡営業所には経験深い熟練社員が配属されるのが通例であり、本社採用の学卒社員は同営業所に配属されることはなく従つて本件転勤命令は異例の人事であると主張するが、成立に争がない疏乙第十号証、証人丸山勝美、掛谷力太郎、利根沢健三、水野善司、の各証言によれば、販売関係業務は特に深い智識と経験がなければなし得ないというものではなく、販売事務処理の方法を習得(それは販売係に一、二ケ月勤務すれば習得できる)すれば一応行い得られるもので、広島製作所鋳造工場に二年余勤務した九大冶金科卒の村上新、入社後間もなく軍隊に入り退職し再入社した早大政経科卒の横山太郎が福岡営業所に勤務した例もあること、同営業所には学卒社員は六名いることが認められ、申請人の供述によれば販売係に三ケ月勤務しているうち販売業務関係書類の扱い方及び図面の見方等それの一応の基礎を修得したことが認められるから福岡営業所に転勤してもその業務を一応なしうるものと認められ異例の人事とはいえないから申請人の右主張は採用できない。

尤も証人奥田広美、松塚吉勝、近藤元太郎は申請人の転勤は早いと思つたと供述しているが、それは唯漠然とそう感じたというのであるからこれを以つては右認定を左右することはできない。

三、次に申請人は申請人の労働組合活動を封じるため所員僅か二十名で労働組合の結成もない福岡営業所に転勤せしめたものであると主張するが、成立に争ない疏乙第七、八号証、証人菱川博義の証言によりその成立を認める疏甲第五号証の一乃至三、五乃至十三、証人森昇、柚木勘次、菱川博義、久保重勝、近藤元太郎、郷田悦弘(第二回)岡島博、斎藤重雄、藤井和吉、吉田谷勝昭、田中資生、江戸千代士、三宅登、吉原清の各証言を綜合すれば申請人は広島労組組合長に選任された後、広島労組の機関紙に家庭版を造り二、三度組合員の家庭に配布し、時折ビラを流し又は賃金問題の講議を開き、或はコーラス隊を組織する等組合業務に熱心ではあつたが、その就任中になした昭和二十八年末の越年資金、同二十九年春の協約、昇給及び首切反対等の諸闘争は労連の指令に基き同指令を実行したもので広島労組が同労組独自の闘争としてなしたものはなく、広島労組の動きが従前に比し著しく積極的より闘争的に変化した点はなく、申請人の右諸闘争における活動振りも普通で劇しい点はなかつたこと、右首切反対のため同年六月十七日発生した室蘭製作所の労働争議に申請人は労連の指令により労連副委員長として同年七月○日より十日間室蘭に赴き室蘭製作所労働組合を激励、援助しその後も申請人は右労組を支援すべき立場を持し広島労組組合員にもこれを表明していたが、広島労組は右首切反対闘争も平和裡に希望退職者を選衡して妥結し、右室蘭争議に対してはその発生当初より傍観的、消極的で労連指令の右室蘭労働組合に対する資金カンパも組合執行部の十万円案を五万円に減額決定しその外何等同組合を支援する動きはなく、右争議が長引くにつれ早期解決を希望し右争議強行派の室蘭第一組合に対し同年十月二十二日労連との連名を以て深刻な反省を求め争議に反対する旨の声明を出したこと、申請人は同年八月労連指令の夏期一時金獲得闘争をなすべく広島労組代議員大会を開いたところ反対のため流会となり不信任を表明されたので執行部全員と共にその地位を退き直ちに次期の組合長選挙に立候補したが当選しなかつたのでその後は組合活動は何等していなかつたが右落選後も広島地区労働会議に出席し個人的には右室蘭第一組合支援のため運動をしてきたもので、申請人の組合員に及ぼす影響力は極めて少なく、申請人が組合活動を熱心に行つても広島労組を左右することは殆んどなく、室蘭争議が広島製作所に波及するおそれは全くなかつたと認められるのであり、又申請人が販売係に転属した際事務机の用意がなく、上司より近々転勤する旨の言葉が洩れ伝つていたとの申請人主張はこれを推測するに足る疏明はないし申請人が室蘭第一組合支援の立場をとり広島労組内外でその運動をしていることを被申請人が注目しこれを嫌忌していたと推測することのできる疏明もないから申請人の右主張も採用できない。

申請人は同二十九年八月広島労組組合長の地位を退き現在組合運動はしていないのであり、曽つて組合長であつた者はその職場を変更され得ないとは特別の事由なき限りいい得ず、申請人に対する本件転勤命令は前示認定の如く被申請人の業務上の必要に基いてなされたものであり、且不利益行為でもなく又組合に対する支配介入行為でもないから右転勤命令は有効であるというべきであつて従つて申請人の右転勤命令の効力の停止を求める申請は失当であるといわねばならない。

次に申請人は被申請人の懲戒解雇の処分は無効であると主張するからこの点につき判断するに、

一、申請人が右転勤命令を拒否し広島地方労働委員会に救済命令の申立をなしていたところ、被申請人が昭和二十九年十二月十三日附で右転勤命令拒否を理由に申請人を懲戒解雇に処したことは当事者間に争がなく成立に争ない。疏甲第十一号証及び証人丸山勝美、掛谷力太郎の各証言被申請広島製作所勤労課長掛谷力太郎、申請人本人の供述によれば申請人は同年十一月二十一日午前十一時頃販売係長より転勤命令を口頭で伝達され、同日午後四時頃販売係からの餞別を受けたのち販売係長、営業課長、勤労課長に転勤の挨拶をし、偶々同日開催の広島労組代議員大会に出席して同様転勤の挨拶をしたが翌二十二日右転勤命令は不当労働行為であるとし同命令を拒否することを決意し翌二十三日販売係長に右転勤命令を拒否する旨話した。そこで広島製作所勤労課長、事務部長、所長代理から懇々申請人を説得したが、申請人は右拒否の理由を明確にしないでこれに応ぜず福岡営業所に赴任しなかつたため、被申請人は正当な転勤命令を理由なく拒否し転勤しないというようなことは未だ嘗てその事例なくこれを黙過することは一般従業員に及ぼす影響も大であり、従来室蘭製作所は地理的関係から同所に転勤することを希望する者は少いのであるが、将来同所への転勤を拒否する者も生ずる虞があり、かくては同所への人員補充に支障を来す等人事の運営が阻害され営業秩序を保持することができなくなるおそれが生ずるので、申請人の転勤先である福岡営業所就業規則には解雇の定めがあるのみで懲戒解雇の規定がないが、本店、大阪支社、室蘭、広島、横浜、東京赤羽製作所等には職務上の指示命令に正当の理由もなく従わず職場の秩序を乱した者は懲戒解雇に処する旨の規定が存するのでこれらの規定を勘案し転勤拒否という社命違反に対する処分として懲戒解雇に処したことが認められる。

申請人は右懲戒解雇は申請人が広島地方労働委員会に救済命令申立をなしたためであると主張する。なるほど懲戒解雇は右申立の日よりのちになされたことは争ないがこの事実のみから直ちに右申立をなしたことが解雇の原因であると速断することはできないし、その他右主張事実を疏明するに足る資料はない。

次に申請人は労働委員会で右転勤命令の適否を争つている場合はその争訟活動のため転勤先に赴くことができないことは当然であるのに転勤命令拒否の理由で解雇に付するのは無効であると主張するから判断するに、右転勤先が極めて遠隔の地で労働委員会に出頭するに数日以上を要する場合とか、使用者が一時赴任を見合わすことを了承した場合とか或は病気等のため転勤先から往復することは困難である等転勤先に赴任しないことが尤もであると思料される場合ならば格別とし旧勤務場所であり労働委員会の存する広島市と転勤先福岡とは急行列車で約六時間を要するにすぎないことは当裁判所に顕著であつて、このような場合には争訟活動のための時間的並びに経済的の不便及び出費を考慮に入れても、なお右解雇が無効であるということはできず又労働組合法第七条第四号に違反するということもいえない。

次に申請人は労使対等の原則から使用者である被申請人に懲戒権はない故に本件懲戒解雇は無効であると主張するけれども、使用者が一般的に懲戒権という権利を有するかどうかの問題は暫くこれを措き少くも使用者は権利濫用にわたらない限り従業員を解雇する権利を一般的に有するものであるが(尤も労働法、就業規則、労働協約等に特別の定めがある場合はこれに従うべきは勿論である)従業員を懲戒の目的で解雇すること即ち懲戒解雇が権利濫用に属するかというのに業務の運営と秩序を維持するため必要に迫られて懲戒の目的を以て解雇する場合には解雇権の濫用とはならないと解すべきである。而して前記認めた如く申請人は使用者たる被申請人の業務運営の根幹である正当な人事権を否定しこれに従わないのであるから懲戒解雇は権利濫用ではなく正当であるといわねばならない。しかして右懲戒解雇は転勤拒否という労働者たる申請人の責に帰すべき事由に基いて解雇したものであるから、被申請人は申請人に対し労働基準法第二十条第一項本文の予告手当を支払う必要もないから申請人の一ケ月の解雇予告手当の支給手続もしていないため本件解雇は無効であるとの主張も採るを得ない。

次に申請人は本件転勤命令が無効であるので申請人は依然として広島製作所の従業員であるところ同製作所就業規則により懲戒解雇をなすには懲戒委員会に諮り又は申請人に異議申立、弁解の機会を与えらるべきものであると主張するけれども右転勤命令が有効であることは前示のとおりであり、しかも前掲疏乙第十一号証成立に争のない疏乙第九号証によれば被申請人傘下の室蘭、広島、横浜、武蔵の各製作所の就業規則には懲戒委員会に諮り弁解の機会も与える旨の定があるが、本社(就業規則には懲戒委員会の定があるが同委員会に関する規則は未だ作成されていない)大阪支社(本社の就業規則を準用)赤羽製作所福岡営業所の就業規則によれば懲戒委員会に諮る必要はないのであるから、懲戒に関する定のない福岡営業所の従業員たる申請人を懲戒解雇するに懲戒委員会に諮り又は弁解の機会を特に与える必要があるとはいえない。加うるに前示認定の如く申請人に対し被申請人は広島製作所勤労課長、事務部長、所長代理をして転勤命令受諾方説得せしめているのであり弁解の機会を与えていることが疏明されるのであるから申請人の右主張も亦採用の限りでない。

更に申請人は仮に右転勤命令が有効であり申請人が右命令の効果として福岡営業所の従業員となつたとしても同営業所就業規則には懲戒に関する規定を欠いているから被申請人は懲戒解雇をなす権利を有しない旨抗争するけれども元来使用者は解雇権の濫用にわたらない限り従業員を解雇し得るを原則とすること前示のとおりであるからこの申請人の主張も亦採用し難い。

そうすると結局被申請人の申請人に対する転勤命令及懲戒解雇処分が無効であることについては疏明がないのに帰するからこれらが無効であることを前提とする申請人の本件申請はこれを失当として却下することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 柚木淳 大前邦道)

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